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2015年4月3日金曜日

クリティカル・シンキングと論理エンジン(論理エンジンニュースレターより)

○クリティカル・シンキングとは何か
前回、国際バカロレアと論理エンジンの関係を考えるにあたり、「論理的・批判的に考える力」が求められており、そのための授業づくり、教育プログラムの開発が必要だということを書きました。先の中教審答申においても、再三「思考力・判断力・表現力」という言葉が出てきており、「自分の考えに基づき論を立てて記述する形式の学力評価を個別に課すこともあってよい」「知識・技能を活用して、自ら課題を発見し、その解決に向けて探究し、成果等を表現するために必要な思考力・判断力・表現力等の能力」(「思考力・判断力・表現力」)を中心に評価する。」と提案されています(中央教育審議会「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」平成26年12月22日、p.13、15)。そこで、「批判的に考える」(クリティカル・シンキング)という観点から、今後生徒にどのような学習環境を提起していけばよいのかを、論理エンジンと関連させて少し考えてみたいと思います。
鈴木健・大井恭子・竹前文夫編『クリティカル・シンキングと教育』(世界思想社2006年)によれば、「クリティカル・シンキング」とは、「意見や考えを分析、批評、提唱する能力。自己判断に基づき結論を出すための方法論で、社会的な権力、利害関係や意見の対立にも注意を払って、従来の客観主義に対抗する形で発達してきた」(p.9)と説明されます。つまり、ある事柄について「ダメ出し」することが批判的思考ではなく、価値が多元化する社会の中で、与えられた情報や知識を鵜呑みにするのでなく、自分の見方や常識を捉え直し、複眼的に物事を考えたうえで、自分の主張を論理的に展開し表現すること、だと言えるでしょう。
クリティカル・シンキングの方法論は大きく5つに分けられます。①「認知的活動」(比較や分類の基本的なスキル)、②「発見的指導法」(内省の奨励、問題対処の戦略)、③「形式思考法」(具体から抽象)、④「言語教育と象徴行為」(作文構築)、⑤「考えることについて考える」(理由づけ、思考スタイル、一般化などの思考過程の考察)、です(同,p.9)。

○日本でのクリティカル・シンキング教育
鈴木健・大井恭子・竹前文夫編『クリティカル・シンキングと教育』(世界思想社2006年)では、ビールの銘柄のようにたくさんある「○○的思考」の見取り図において、これらを上から「理性」「知性」「感性」「情念」に分類したとき、「批判的思考」は「理性」の層から、「機能的推論」や「協同的問題解決」などを俯瞰する視点に位置づけられています(p.23)。
「知識か思考か」という議論は、明治初年の帝国大学創設時代にすでに存在しいた、という興味深い指摘もあります。既成の知識の習得を重視した東京帝国大学に対し、京都帝国大学では19世紀のドイツの大学において知識の発見と創造こそ大学教育の目的と捉えたことに着目し、ゼミナール形式を重視した、と言います(同,pp.26-27)。そして、今後の大学教育においては4つのC、すなわち「コミュニケーション(Communication)」「批判的思考力(Critical thinking)」「創造性(Creativity)」「継続的学習(Continuous learning)」が必要とされることが紹介されています(同, p.33)。
また、「クリティカル・シンキング」の具体的な実践として、亜細亜大学での倫理学の授業において、あるテーマについて学生に賛否の文章を書かせ、その中から数点を選んでコピーして配布し(匿名)、自分の意見と反対の意見に対して自分の意見を書かせて意見交換した後、ディスカッションさせるという事例が紹介されています(同,p.45)。
このようにクリティカル・シンキングの考え方や教育実践を眺めた時、論理エンジンを用いた授業のアイディアもいくつか浮かんできます。なぜなら、論理エンジンでは文章の対比構造の把握を修得するために、意図的に選んだ題材が多くあるためです。
例えば、新版のOS5のレベル45では、情報機器の発達とコミュニケーションをテーマとした題材となっています。これを単なる読み取りに終わらせずに、自分たちのLineなどのSNSとの関わりでディスカッションする授業があって良いでしょう。また、レベル47-3の環境を扱った題材では、調べ学習と合わせた展開も考えられます。

○「論理の実践」とクリティカル・シンキング
前回から、クリティカル・シンキングとは、ある考え方を否定することではなく、複数の視点で物事を捉えた上で、与えられた情報や自分のこれまでの経験で作られた常識の枠を超え、新たな知を創造する営みだということを一緒に考えてきました。そして、文章の対比構造の修得のために、意図的に複眼的視点が必要とされる題材を選んでいる論理エンジンを使って、こうした批判的思考力を養う授業づくりができないか、と考えてきました。今回は、「論理の実践」(PS)で使える題材がないかを見ていきたいと思います。
例えば、PS1のレベル55-3では「ゴキブリ」について、肯定・否定の立場から論じる興味深い題材があります。少しダレてきたかな、という時期に、ややお遊び的な雰囲気の中で、ディベートをする授業がイメージできます。また、PS3のレベル71-1では制服の是非について述べる問題が設定されおり、多くの生徒が関心を持つかと思われます。
論理エンジンには文化論を扱った題材も多くあります。例えば、PS3のレベル72では言葉と文化というテーマで、フランス語と日本語の違いや、男女における敬語の違いが扱われています。また、レベル75や、PS4のレベル87-5では主にアメリカ文化との違いが扱われています。「論理の修得」(OS)に戻れば、OS3のレベル26-5ではアメリカと日本の大学を、知識と論理の面から対比する題材があります。注意したいことは、各国の文化をステレオタイプ的に論じるのでなく、その国の歴史や社会状況までを視野にいれ、「なぜそうした文化が生まれたのか」という問いを育む授業を通じて、異文化理解という観点から表現できる生徒を育てることでしょう。そのためには、レベル80-4で扱う、漱石と絡めた日本の近代化の歴史にも触れておきたいところです。また、他教科と連携したり、学校行事と絡めたアプローチも考える必要があります。
PS4のレベル86で扱われるクローン羊ドリーの題材は、これからも大学入試において問われるであろう科学技術の発達と倫理などの問題を扱っており、議論しておきたい題材です。こうした授業を行う上で、『思考ルート』の著者加藤克巳先生の「学びあい」の実践http://www.kato-katsumi.netは、ぜひ目を通しておきたいところです。


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